Bonardi CM, Brain 2021;144:3635-3650 から引用
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Genotype別に症例報告をまとめてみる予定です
KCNT1遺伝子異常は大変稀な疾患ではありますが、2021年の論文には248人の患者のgenotype(遺伝子異常のタイプ)とphenotype(表現型、どういった症状を呈しているかを意味します)が示されていました。これが患者数としては最多の報告ではないでしょうか。
左の図Aに示されている通り、変異のパターンは非常に多く報告されています。
病的バリアント、KCNT1関連てんかんの症状を出してしまうタイプの遺伝子変異が赤い〇と黒い〇で示されています。
phenotypeが4つに分けられ、
1. epilepcy of infancy with migrating focal seizures (EIMFS)
遊走性焦点発作を伴う乳児てんかん
2. developmental and epileptic encephalopathy (DEE)
発達性てんかん性脳症
3. autosomal dominant or sporadic sleep-related hypermotor epilepcy 常染色体優性睡眠関連過運動てんかん
4. その他
となっていました。
1の遊走性焦点発作を伴う乳児てんかんが152例で最多なのですが、これは遊走性焦点発作が分かったところでKCNT1の検査が多くされた結果なのかもしれません。
ただ、同じ遺伝子変異であったとしてもphenotypeが違うことがあるみたいで、その他の何かしらの別の遺伝子変異がphenotypeに修飾を加えて変化させている可能性があるのでしょうか、専門外なので分からないことばかりです。
KCNT1の患者数は極めて限られていますが、KCNT1 foundationは独自のレジストリーを作っていて、登録患者に限定されますが分布を世界地図上で一望できます。
KCNT1 Families Are All Over The World
日本の部分をクリックすると、count 1, Primary Country Japanと表示されています
アメリカはFoundationが位置する国ですので州ごとに登録があります
登録が多いのがブラジルの31人、ヨーロッパにも登録が多い国がありますが(イギリス14人)、1人だけという国が多いです
上のサイトリンクのformから入力画面にジャンプします。
アメリカ在住でないと記入せずに空欄にするところがいくつかありますし、所要時間はあまりとりません。
英語記載ですが、翻訳ツールを使いますと特に負担なく入力可能です。
今後の治療候補となる患者が世界にどのくらいいるのか・・・
それが分からないことには治験も進めにくいところもあるかと思います。
Foundationからの事務局からは
It would be helpful to add the eight families to our family contact list.
This will give us a more accurate count of families
というメールがありました
現時点での日本の実際の患者数を反映できるといいなと思いますし、もしも日本に相応の患者数がいると分かったときには、今後新しい治療の取り組みを国際共同で進めるきっかけにならないかと期待するところもあります
ちなみに2023/3/22現在、last updateが2023/2/2となっていますので、登録してすぐに反映されるということはなさそうです
PubMedで検索しますと日本からはヒット数16件のみとかなり限られています(2023年3月現在)
全体でみましても226件ですので、他のmonogenic epilepsyと比較して非常に論文報告が少ないことが分かります
日本からの報告でもっとも症例数を多く含んだ論文が
多いといっても11例ですので、やはりこの疾患はultra rareであることは間違いないのだと思われました
362人の患者(大田原症候群、ウェスト症候群、遊走性焦点発作、分類不能の早期乳児てんかん性脳症)を対象に遺伝子検査を行ったところ、11人にKCNT1遺伝子異常が見つかっています。
そのうち9人が遊走性焦点発作の患者で、1人がウェスト症候群、残り1人が分類不能の早期乳児てんかん性脳症ということでした。
(遊走性焦点発作の患者18人のうち9人がKCNT1遺伝子異常ですので、遊走性=KCNT1遺伝子異常というわけではないのですが頻度は高いことが分かります)
11人のKCNT1遺伝子変異の部位は
c.808C>G Q270E
c.862G>A G288S
c.1225C>T P409S
c.1283G>A R428Q
c.1420C>T R474C
c.1421G>A 計3人 R474H
c.1429G>A A477T
c.2771C>T P924L
c.2800G>A A934T
となっています。
R474Hが3人なのですが、2人が遊走性焦点発作、1人はウェスト症候群ですので、同じ遺伝子変異であったとしても表現型 phenotypeが異なっていることになります。
この論文内でも遺伝子変異 genotypeと表現型phenotypeの関連は見られなかったと記載がありました。
様々な抗てんかん薬が試されている患者がほとんどで、効果がなかったものと一時的に効果があったものとが一覧で記載されていましたが、一定パターンはなさそうです。
一塩基異常に伴うてんかんに対して、それぞれの遺伝子異常にあわせた個別化治療(precision medicine)が提案できるか?という内容の論文です
A review of targeted therapies for monogenic epilepsy syndromes
この論文では、KCNT1に対しては以下の2つのみ記載がありました
キニジン potential(可能性あり)
ASO potential(可能性あり)
establishedと比較すると弱いトーンではありますが、有効性を示す患者が一定数いることは確かなのだと思われます。
ASOについては、調べた範囲ではまだ動物実験の段階の様です
キニジン:不整脈治療薬
臨床試験:KCNT1の変異をもつ難治性てんかん患者に対するキニジンの投与
試験終了となっていますが、結果報告にたどり着けず(2023.3月現在)
→4例報告あり (静岡てんかん神経医療センターより)
Yoshitomi S et al. Epileptic Disord 2019;21:48-54 Quinidine therapy and therapeutic drug monitoring in four patients with KCNT1 mutations
4例はいずれもde novo変異(突然変異のイメージ)で、genotypeはそれぞれR428Q, A934T, G288S, R474C
3例が遊走性で1例はfocal epilepsyという記載のみ
発作が50%以上減ったのが1例、2例は48.1%, 23.1%の減少という記載で、1例では減少なし。
キニジン投与量を増やしていく経過で発作が悪くなってから減ってくる場合もあり。
キニジンの血中濃度は発作の具合の関連はあまりなさそうです。
PB (フェノバール)併用だとキニジンの血中濃度は上がりにくく、これは他の論文でも同様の記載がありました。
チロクロムP450を介した薬物代謝の影響と考えられています
New use for an old drug: quinidine in KCNT1-related epilepsy therapy
McTague A et al. Neurology 2018;90:e55-66から引用
F346Lではキニジンによる抑制効果がゼロになっています
KCNT1遺伝子異常の部位によってキニジンの効果が異なっているため、変異のタイプによっては無効ということがありえる点に留意すべきところかと思われました
未だ国内の実臨床では用いられていませんが、新しい治療の選択肢に入ってくる可能性があり研究が進められています。
Burbano LE et al. Antisense oligonucleotide therapy for KCNT1 encephalopathy
Valeriasenと名付けられたASOで髄液注で投与されたそうです(2020年9月から開始)
「ASOと水頭症」2022/11/1のニュース記事(ケンブリッジ、マサチューセッツ州)
2例に投与されて、発作は"dramatically reducing"と記載されているので劇的に減ったのでしょう
しかし、1例では高度な水頭症を合併して最終的に亡くなり、もう1例も同様の症状があってshunt(おそらくは水頭症に対する脳室腹腔シャントではないかと)をつくり、ASO治療は中止になったということです
他の疾患に対するASO治療で水頭症になったという報告もあり、髄液注のASO治療そのものと水頭症に関連がある可能性が指摘されています
Will N-of-1 Drugs Play a Role in the Future of Medicine?
こちらの記事にもValeriasen投与の2例の内容が詳細に記載されています
ここではCRISPRでの遺伝子編集治療の可能性にも言及しています
ヌシネルセン(商品名スピンラザ) 脊髄性筋萎縮症に対するASO治療 日本では2017年7月から製造販売承認
重大な副作用として、水頭症(頻度不明)と記載がされています
Small molecule therapeutics Praxis Precision Medicines and UCB
ACS Med Chem Lett 2021;12:593-602
Griffin AM et al. Discovery of the first orally available, selective KNa1.1 inhibitor; in vitro and in vivo activity of an oxadiazole series
KCNT1遺伝子異常の場合、gain of functionといって、イオンチャネルが過活動になるイメージでしょうか
KCNT1はナトリウム依存性カリウムチャネルをコードする遺伝子ですので、カリウムイオンの流入が増えすぎてしまって神経の興奮が強くなるという理解をしています(もしも違っていたら気が付いたときに修正します)
逆にloss of function(LOF)というタイプもあり、これはイオンチャネルが働かない形ですので、発作の形もGOFとは異なっている様です
KCNT1以外の遺伝子異常の場合にはLOFもあるようです
GOFの場合には強直性発作が多いのですが、LOFでは欠神発作が多いようです
このあたりの情報はSCN8Aのサイトに分かりやすくまとめてあります